リレー小説「土星」第21話「夢の少年」



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投稿者: イ中イ非 @ pppb8c5.pppp.ap.so-net.or.jp on 97/11/22 19:03:45


第21話「夢の少年」
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月。
頂上に水が溜まって湖になっており、周りの裾野に街を形成している巨大クレーター。
中心部から少し離れた田園の風景の中に学校がぽつんと建っている。
放課後を知らせるチャイムが鳴り
校門から生徒たちが他愛も無い雑談をしながら流れてくる。
その中に月の少女はいた。
長い『拷問』の時間からようやく解放されたメイファはあくびを連発していた。
相変わらず学校は退屈で、こんな無意味な時間を
あと何年も費やさないといけないと思うと憂鬱で頭が痛くなる。
しかし、メイファは最近できた新しい友達のおかげで毎日を楽しく過ごせていた。
立ち止まり大きく背伸びをする。
空を見上げると半分欠けて浮かんでいるいつもの蒼い星。
彼女はニコリと微笑んだ。

「よっ!」
後ろからポンと肩をたたかれ振り返ると
赤毛のポニーテールの少女が満面の笑みを浮かべていた。
「あ、エリー。テストどうだった?」
「やっぱり『ガリレオ衛星』出たね!助かったよ。」
「別にたいしたことないよ。あそこを押さえれば大丈夫なのわかりきってたし。」
メイファはいつものようにそっけなく答えた。
「さっすが!クラスのみんなも喜んでたよ。・・ねね、せっかくテスト終わったんだからさあ、
みんなで街へ出てパーッっと遊ばない?」
「ん、ごめん。今日はちょっとね。」
「8年生のアレス先輩も来るんだけど?」
「ホントにごめん。最近図書館通いが続いててさ。義母さんとあんまり話してなくて。
だから今日くらいは・・ね。」
「なーんだ。いつもながら付き合い悪いなあ。」
頬をふくらませたエリーを見て、メイファはすまなそうに肩をすくめると
しばらく考え込んだ。そして、珍しくいたずらっぽい目をして言った。
「じゃあさ、お詫びにいいもの見せてあげる!」
「いいもの?え、なになに?」
「ここじゃアレだから・・ちょっとこっち来て。」
メイファはエリーの手を強引にとり、通学路を外れた人気の無い坂道に誘った。
「メイファ?ちょ、ちょっと!」
エリーは少しよろけながらメイファの手を握り直し、導かれるまま続いた。

通学路の喧燥からのがれた二人は、息を弾ませ坂道を登り丘の上に立った。
「うわあ・・。」
エリーは感動していた。街が一望できるのだ。
直下に商店街が見え、人や車がアリのように小さく動いている。
「すごいでしょ。最近見つけたのこの場所。学校やわたしの家、記念公園や図書館
カサンドラさんの家まで見えるんだから。
天気のいい日はとなりのクレーターまで見えるときがあるの。」
メイファが自慢げに説明する。
「あっ、私のマンションまで見える!すごーい。見せたいものってここのこと?」
「ふふ。まだあるの。ビックリしないでよ。」
メイファはそう言うと自分の服の胸元を少し広げて
「いいよ、出ておいで!」と声をかけた。
「キュイーン!」
甲高い鳴き声とともに、毛むくじゃらで手のひらほどの小さな生き物が
モソモソと服の中から這い出てきた。
「わあ、どうしたのこの子?かわいいー!」
エリーの顔がパッと明るくなった。
「でしょ?ロロって名前なの。」
「ねっねっ、さわっていい?」
「いいよ。」
「へえー。新種の小型熊かなあ。」
エリーに抱き上げられたロロは首を小刻みに動かし愛敬をふりまく。
「部屋の中だけじゃ可哀相だからさ、今日はじめて外につれてきたの。」
「外って・・ずっとあなたの服の中だったんじゃないの?」
「そっか。どおりでテスト中窮屈そうに動いてたわけね。
ね、聞こえてた?この子ったらオドが近づいてきた時に大声で鳴いちゃって。」
「あ!そういえば聞こえた。キュイーンって!なんだロロちゃんだったのね。
私、てっきり誰かがオナラしたと思って、笑っちゃ悪いから黙ってたのに!」
「オナラ?ひどーーい!ほらロロも怒らなきゃ。」
「キュイーン?」
ロロは訳が分からないようで軽く首をかしげた。
その姿がたまらなくこっけいに見え、二人は思わず吹き出してしまった。
黄色い声が空に響き渡った。お腹が痛くなるほど大笑いしたのは久しぶりだった。

そして笑い疲れた頃に
「知らなかったな。」
とエリーがひとことつぶやいた。
「でしょ。でも、この場所もロロのこともしばらくは秘密ね。」
「そうじゃなくて。メイファがこんなによく笑う子だったなんて知らなかったの。」
「え?」
メイファは思わずエリーの方を見た。
「おかしいよね。1年の時からずっと一緒のクラスだったのに。
昔、あなたにあんなことがあったから私、あなたに近づくのがつらかったのかもしれない。
あなたとちゃんと向き合うことができなかっただけかもしれない。」
逆にメイファにとってもエリーの寂しげな表情は意外だった。
「そんなことないよ。」
とりあえずメイファは苦し紛れにこう返したが、続く言葉が見つからなかった。
ついさっきまで二人で大笑いしていたのが嘘のように会話は止まった。
今度は重苦しい沈黙が二人の空気を覆った。
「もう行こう。」
エリーは胸の中にいたロロをメイファに返すと、一人歩き出した。
メイファはロロのぬくもりを感じながらしばらくうつむいていたがやがて顔を上げ
何かを言い出そうとした。

瞬間ふたりは異変に気づいた。
だんだん近づいてくる轟音。
巻き起こる突風。
ふたりの場所を中心に周辺に影がさしその色が濃くなっていく。
「メイファ!上!」
エリーが悲鳴に近い声を上げた。
見上げると黒い機体が蒼い星の前に浮かんでいた。
「サイヴァー・・!!」
次第に大きくなっていくそれは明らかにメイファたちの存在を認識していた。
メイファはまだ短い人生で2度目の戦慄を感じていた。
「いや・・。」
メイファはその場に立ち尽くし小さくつぶやいた。
エリーが彼女の肩をゆすり必死に何かを叫んでいる。しかし彼女には聞こえなかった。
ただ、とりつかれたように接近するサイヴァーを凝視していた。

「月のアーンファーンテリブルを発見しました!さすがに早いですね、すぐ反応が出ました。」
帝国兵士が後ろの灰色の髪の男に伝えた。
「馬鹿が。やあっと見つかったんだよ。ヒヒヒ、メイファちゃーーーん。
今王子様が来ましたよーー。」
舌なめずりしながらゆっくりと窓を覗く彼の名は暗黒剣士シン。
「ん?どっちだ?赤毛の女か?」
「いえ、灰色の髪の方です。」
「俺様と同じだな。気に入ったよヒヒヒ。
結構かわいい顔してるじゃねえか、興奮するぜ。
ギャバンの野郎にやるのはもったいない気がするが仕方ねえ。これも仕事だからな。
さあて、始めるぞ。お姫様を丁重にキャリオンクロウにお招きしろ。
赤いガキは抵抗したら殺せ。行くぞ。」
そう言い放ったシンの瞳にはやさしさなど微塵も無かった。
側にいた何人かの兵士たちは震え上がり、その様子を見たシンは
優越感に浸った目で彼らを一瞥し、また下品に笑った。

キャリオンクロウの直下、メイファは頭を抱えて崩れ折れた。
「メイファ!!ねえ、どうしちゃったの!?メイファ!!」
エリーが大声で呼びかけるも、その声は届いていない。
前にもこんな場面に出くわしたことがあるような・・。
思い出そうとすると頭が割れるように痛くなる。
(思い出さなきゃ。思い出さなきゃ・・。)
「・・・ちゃん・・。」
聞き取れないほどの小さな声でメイファが何かを言った。
長い間閉ざされていた記憶の断片がよみがえりつつあった。
やがて機体の下部が開き銃を携えた兵士4人と、最後にシンがゆっくりと降下し
少女たちを取り囲む。シンがメイファの前に歩み寄る。
「ヒヒヒ、まず軽く自己紹介からしておこうかな。俺様の名はシン。
木星のお偉いさんの依頼で憧れのアンタをさらいに参上しました。一緒に来てくださいな。
ヒヒヒ。変な考えは起こさない方がいいぜ。大切なお友達をひとりなくしたくないだろう?」
そう言ってシンはハイエナの目でエリーを見つめる。
自然とエリーの足が一歩下がる。
「ヒヒヒ。赤毛のお嬢ちゃんも別れはつらいけどそうしてくれってさ。
ほれ立ちな、お姫様。俺様とすてきな宇宙旅行と洒落込みましょうや。」
シンの手がメイファの手をつかもうとする。
「お兄ちゃん・・。」
「あ?」
「いや・・!」
「ヒヒ。私のご忠告がお耳に入りませんでしたか、お姫様?」
「いや・・!!」
「さあ、来いよ!」
手が肩に触れたその時、メイファの心の中で何かが弾けた。
「いやあああああああああああああああああああああああああ!!!」
うな垂れていたメイファが目を剥いて悲鳴を上げた。

そこには少年がいた。
「さあ、旅立ちの時だよ。」
「いや!私に命令しないで!」
灰色の髪をして・・
「君にはこれから起こる不毛な争いを鎮める義務があるんだ」
「だからといってこの大人たちについていけと言うの?嫌い、嫌い、大人は嫌い!」
上半身は裸で・・
「いや、この大人たちじゃない。僕を創った人たちさ。彼らが君の力を必要としている。」
「どっちにしても、大人は大人よ!嫌い、嫌い、大人は嫌い!」
ジーパンをはき・・
「でも、悪い大人ばかりとは限らないだろう?」
「・・!それはそうだけど・・。」
裸足の・・
「君が嫌いなのは大人じゃないんだ。彼も君が来ることを願っているよ。」
「・・・・・・・・・・えっ?・・ま、待って!!あの子も・・・あの人もいるの?」
5,6才の少年がいた。
「さあ行こう。僕たちの故郷・・・地球へ!」
「地球・・。いったいあなたは・・?」

「僕は・・君を守るために創られたもの。」

メイファが我に返った瞬間、いままで彼女の服に掴まっていた小さな生き物が
驚くべき変身を遂げた。体が膨れ上がり体毛が薄れ肌色の皮膚をのぞかせ
頭に灰色の髪だけが残った。その容姿は人間そのものだった。
そう、ロロは夢で出会ったあの少年の姿になっていた。
帝国兵士たちもエリーも暗黒剣士シンも、そしてメイファも目の前の光景を前に
ただ呆然としていた。
「キサマはいったい・・。」
シンがやっと口を開くと

「僕の名前はレイ・シオン。」
全裸の少年は静かにそう答えた。


第22話に続く