連載小説『一番星に捧ぐ詩(うた)』第2節



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投稿者: さすらい @ 133.65.41.10 on 97/10/14 15:38:55

2.出会いとは

人が人と見つめ合う
何かの糸をたぐる視線
お互いを意識したとき
その糸は何色かに染められる
出会いとは 夢のようで 儚いもの

 僕は彼女を見つけた。
 彼女はこっちを、いや明らかに僕を見ていた。
 たぶんずっと見つめていたのだろう、僕と目が合うとにっこりと微笑んだ。
 15くらいの少女だった。ちょっと儚げで、風景に溶けてゆきそうだった。
「あ・・・・・・」
 声にならない衝動が、僕の体を駆けめぐった。何やってるんだ、という叱咤の声が内側から飛ぶ。しかし、そこには目を離せない何かがあり、僕はしっかりとそれに捕まってしまったのだった。
 既視感(デジャヴュ)? 一目惚れ? そんななまやさしいものじゃない。慟哭のような風が、僕の体で嵐を巻き起こして通り過ぎていった。
「あの・・・・・吉川さん、ですよね?」
 気付くと、彼女は僕の目の前まで来ていた。
「あ・・はい・・・・」
「よかった。人違いじゃなくって」
 彼女はそういうと、光のような微笑みを僕に見せた。
「・・・何で、僕の名前を?」
 そうだ。なぜ彼女は僕の名前を知っているのだろう。口に出してやっと気付く違和感。だめだ、相当衝撃を食らったみたいだ。
「あの・・・吉川さんと同じクラスの中山善之の妹です。」
「ああ・・・中山の・・・。」
 中山とは、高校に入ってから知り合った。なかなか気が合う奴だし、3年間クラスも一緒だ。
「でも、こんな可愛い妹がいたなんて・・・知らなかったよ」
 僕は、ちょっと冗談めかしてこう言った。本心が入っていたかもしれない。
 彼女はそれを聞くと、恥ずかしそうに笑った。笑顔が多く、また似合う子だ。しかし、色々様々な笑いをする・・・・。悲しい笑い顔でさえ似合いそうな子だと思った。なぜだかは分からない。
「そうなんですか・・・・」
「今、学校帰り?」
「はい。これからおきまりの場所に寄ってから帰ります」
 おきまりの場所とはなんだろう。なんだかとっても嬉しそうだが。
 そんな僕の表情を読みとったのだろうか、彼女はこう続けた。
「とっても気持ちのいい野原なんですよ。人も来なくて・・・・。もしよければ一緒に来ます?」
「でも、僕なんかに教えていいの?」
 少し気になって僕が訪ねると、彼女は微笑んでこう言った。
「構いませんよ」

 結局僕は、彼女の言葉に甘えることにした。なんだか気になったし、このまま家に帰ってしまうのは惜しい気がしたからだ。
 そこは、本当に気持ちのいい野原だった。短めの黄緑の草が、土をおおっていて、季節の花がそれに色を付けている。思わず昼寝をしたくなるような、そんなところだ。ここに彼女が立つほど似合う風景はないだろうな、特に春なんか、と僕は他愛もないことをふと思った。
「ね、素敵でしょ?」
 今まで道案内をしていた彼女は、くるっと振り返ってこう言った。
 それはあまりにも突然で、可愛すぎて・・・・・・ボーっとしていた僕はなんだか何も言えないような気がした。ただ、絞り出すように一言。
「ああ・・・・・・素敵だ・・・・」
 それを聞くと、彼女はほっとして、そして嬉しそうに笑った。

 それから僕たちは何を話しただろう。2人で平行に寝そべって・・・とりとめもない話だったと思う。ただ、楽しくて、時間など忘れてしまった。気付いたときには周りはすっかり暗くなっていた。
「もう随分暗くなっちゃったね・・・・」
 彼女の方に首だけ向けて、僕はそういった。このままずっとこうしていたかったが、彼女の帰宅時間があるだろうと思ったのだ。
 しかし、彼女はのんびりとした顔で空を見上げていた。
「そうですね・・・・・・あ、一番星!」
 彼女は虚空を指すと、嬉しそうに笑った。あまりに幸せそうな顔だったので、僕も一緒に空を見上げることにした。
「ん? どこどこ?」
「ほら、あれですよ・・・あの白い・・・・」
 確かに彼女の指さす先には星があった。暗い夜空の中、それはたった一つ輝いていた。とても小さく、白い淡い光を放っていた。
「なんだか頼りないなぁ・・・・・」
 僕がそう呟くと、隣でくすっという声が聞こえた。思わず言ってしまったのだが、考えてみれば間抜けな発言だ。星は何万光年と離れているから僕の目にはあんなに弱く映っているのであって、実際は思いっきり輝いているのだから。
「・・・そうですね・・・・でも私が星になったらあんなふうかもしれない・・・・・」
「君が星になったら?」
 僕はちょっと驚いた。普通星になる、といったらそれは死を暗示している。この子は死ぬことを考えているのか? こんなに可愛いのに。あの屈託のない笑顔の裏に何か悩みを秘めているのだろうか・・・・。
 僕が考え始めたことなど気付かぬように、彼女はぽつりと話しだした。
「そう。私小さい頃から空を見上げるのが好きでした」
「・・・・・・・」
「それで、星ってあんなに小さいのになんて一生懸命輝いてるんだろうって、 子供心に感動しちゃって・・それ以来ずっと星にあこがれてたんです」
「・・・それで?」
「それで、いつか星になれたらって。自分の命がなくなる時が来たら星の1つになりたいなぁって・・・・」
 僕は彼女を見た。彼女の目は星で満たされていて、その横顔は透き通っていて今にも消え去りそうだった。僕は知らない内に歯を強く噛みしめていた。まるで何かに堪えるかのように。それを振り切ると、僕はまた夜空を見上げた。星が増えていた。
「・・・・・いまからそんなこといっちゃいけないよ。君は素敵な子なんだから」
「・・・・ありがとうございます。・・・でも、いつかは・・なれるかしら?」
「・・・・なれるさ。君ならきっと白い綺麗な1番星になる」
「・・・・・・素敵。そしたら、吉川さん、私を見てくれます?」
「もちろんだよ・・・・・」
 そう言ったきり僕たちは黙っていた。夜空には月も出始め、星達が集まってきていた。それをずーっと見ながら、僕たちはそれぞれのことを考えていた。

 どれくらいたったのだろうか。彼女はいきなり立ち上がり、制服のしわを伸ばし始めた。
「そろそろ帰りますね、私。遅くなっちゃったし・・・・」
「あ、ああ・・・・・」
 僕は重い上体を起こした。はっきり言って、いつまでもここにいたい気分だったからだ。しかし、彼女の方はそうではないようだ。あきらめて僕は立ち上がった。
「送ってくよ」
「いえ、いいんです。うちまでもうすぐですし・・・・」
「でも・・・・」
「大丈夫です。今日はありがとうございました」
「そう? うん、僕も楽しかった。じゃあ」
「ええ、また」
 そう言って彼女はおじぎをし、反対方向へ小走りに去っていった。僕は軽く手を振っていた。振るのをやめた手を持て余し、ポケットにつっこんで家の方へ向かった。
「よしかわさーん」
 驚いた僕が振り返ると、彼女が曲がり角のところでこっちを向いて立っていた。
「本当にありがとう。私あなたの1番星になりますから」
 そう言うととびっきりの笑顔を見せた。そしてくるっと曲がり角を曲がっていってしまった。
 僕は、その場に立ち尽くしてしまった。彼女が去ったあともいつまでも。それだけ彼女の笑顔は綺麗で・・・そしてどこか儚かった。目を閉じても瞼の裏に焼き付いて離れなかった。


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ってなわけで第2節です。
どうかな?
1節が見たい人は、
www.big.or.jp/~inchan/cgi-bin/note.cgi?siro
でみてください。


では、感想など、お待ちしております。