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投稿者:
柏木耕一(旧・日光) @ p26-dn01kuki.saitama.ocn.ne.jp on 97/10/11 12:06:45
あの子が許せない。
あの子は私より頭がいい。あの子は私より愛嬌がある。あの子は私より人に好かれる。あの子は私より運がいい。
あの子は……私より、優れている。
私とおんなじ顔なのに。私とおんなじ体なのに。私達は双子なのに。あの子は私より恵まれている。
その分、私に反動が来る。私は不幸だった。それに耐えることしか許されなかった。回避することは許されなかった。何も許されなかった……。
でも。
それももう終わり。
不幸に耐えた人間だって、いつまでもそんな身分に甘んじているわけじゃあない。人並みの幸福を味わったっていいはず。
だから−−冬子、あんたが今度は不幸になる番よ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「美月、滅多なことは言うもんじゃない……あの人はね、可哀想な女なんだよ。きっとあの人の人生は、それはもう不愉快なものだったに違いないんだ。それも不愉快なんて一言で済まされればより不愉快になる程−−つまりは、悲惨な程に不愉快なものであったに違いない。
だいたい人間ってやつは勝手なもんで、口ではなんのかんのと言いながら、決して「平等」なんてものを求めていやしないのさ。わかるかい? 物心つかない餓鬼だって、「可愛い」「可愛くない」「明るい」「暗い」……様々な要素で他人を区別し、決して平等に扱いはしない。彼らにはまだ「平等」なんて概念はないから、差別は露骨だよ……ひどいもんだ。
そして成長していくほどに、運のない……差別される人間達は、次第に「平等」なんて理想を抱き−−絶望する。叶えられぬ願い事は残酷だとは思わないかい? 決して癒えることのない病に冒されたようなものさ。何も変化はないと思いつつ、心の何処かでは変化を望む−−生活が一変し、綺麗な恋人が現れ、仕事はうまくいき、金が儲かる−−そこまでいかなくてもいい、せめて人並みの幸せを……そんな些細な願いを抱き、日々を過ごす内、理解できてくるんだ。
そんなことは有り得ない、とね。
そして運のない人達は、運がないまま人生を終える。
最高に最低なバッド・エンドだよ。僕だったら遠慮したいところだ−−僕は少なくとも人並みの幸せを味わっているし、それすらない人達の気持ちなんてものは想像できない−−正直言えばしたくもない−−からね。
つまり、だ。運のない人達には、絶望という選択肢しか示されてはいないのさ。何をやっても駄目、どうやってもうまくいかない……そんな人生なんてのは、所詮その人達にしか理解できぬもので−−やはりここでも決して「平等」では有り得ないのさ。
可哀想なんだよ。同情が禁止されているのなら、せめて彼らに憐憫を−−そう言ってやりたくなるぐらいに哀れだ。
そしてね、あの女もまた、そんな人達の中の一人なのさ。
僕はあの女の言った通り、あの女と、あの女の妹−−冬子の運命を入れ替えた。あの女の妹は幸福な人生を送っていたらしいからね……望みを叶えてやった。
代償? 時間を貰うことにしたよ。あの女の『一日』……24時間、僕が貰った−−その日は僕のものだ。その日がいつなのかも、僕が好きに設定できる……好きに決めることができる。
さて−−お話はもう終わりだよ。ところでこの店、コーヒーが来るのやたらと遅いんじゃないか?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日−−私は結婚する。とても幸せ……とてもいい気分。相手の人はそんなに美形ってわけじゃないけど、私をとても愛してくれる……とってもいい人。
これがきっと、本当の幸福なんだ。私が本当に望んだもの。私が今まで得られなかった、その反動。
そう。不幸に耐えた人間は、いつかきっと幸せにならなきゃいけないんだ。どこかでバランスはとれている……釣り合いがとれる。
ほら、もうすぐあの人が教会に入ってくる。扉を開いて、明るい日の光を背中に浴びて−−。
「あなたが伊藤奈津子さん?」
−−そういうあなたは誰? 私よりちょっと年上かしら? お祝いに来てくれたのかしら……でも私の知り合いにこんな人いないし。あ、わかった、きっとあの人の−−。
「違います。わたしはね、K…美月。あなたが運命交換を依頼した、K・Sの妻です」
K・S……ああ、あの人!! 最初は嘘だと思ってたけど、あれって本当だったわ!! だって今私、こんなにも幸せだもの!
「それはそれは。……お幸せなところなんですけど、夫からの伝言があるんです」
……何? それ。
「『あなたから貰う一日、今日にするよ』だそうです。……じゃあ」
ちょっと待って。それってどういう意味? それって……。
「さようなら……奈津子さん」
ちょっと待って……ちょっと……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「結局ね、人間はいつまでも幸福なままでいられるわけがないのさ。必ずどこかで穴埋めが来る。それがわかってなかっただけなんだよ、彼女は。
冬子さんが僕のところに来たのは、奈津子さんが来たすぐ後のことだった。彼女の依頼が想像できるかい?
『姉の不幸を、私に与えてくれ』だってさ。泣かせる姉妹愛じゃないか。ところが僕は、既に彼女と奈津子さんとの運命を入れ替えてしまっていた。だから僕はそう言ったよ……包み隠さず、全てをね。そしたら彼女、こう言ったんだ。
『私だってずっと幸福だったわけじゃないし、これからそうであるはずもない。姉の不幸と私が背負うはずだった不幸、両方を私に与えてくれ』−−ここまで素晴らしい人間がいるとは思いもしなかったよ!! 捨てたもんじゃない、そう思っても悪いことじゃないだろう?
僕は彼女の言う通りにした。奈津子さんは冬子さんの幸福を奪い取り、そして冬子さんが背負うはずだった不幸すら味わうことがなかった。
……でもね、これは奈津子さんから教わったことなんだよ。
『不幸を味わった人間は、いつかきっと幸せになる……どこかでバランスがとれる』ってね。
あ……ほら、見てごらん。
冬子さん、本当に幸せそうな笑顔じゃないか。今日は彼女の結婚式だったね。
不幸に耐えた人間は、どこかでバランスをとる……まったく馬鹿な言い草だね。幸福を味わった人間が、バランスをとらないとでも思っているんだから。「平等」と「平均」は違うものだよ。
さ、行こうか、美月。めでたく結婚した二人に、おめでとうと言ってやろう」
−−−終−−−
……ハッピーでもバッドでもないエンディングですね(笑)。
このK・S君シリーズ、目標は『笑うせぇるすまん』なのですが、はたしてどこまで迫れるかっ(笑)!? あの何とも言えない無常観、哀愁漂う雰囲気……好きなんですよー。いつか自分のものにして、発展させたいなーと思ってる作者です。
でわでわ。また〜♪
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