連載「一番星に捧ぐ詩」第1節



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投稿者: さすらい @ ppp132239.asahi-net.or.jp on 97/9/24 23:34:07


僕はこれを、今は亡き1人の少女に捧ぐ。
彼女が埋めた、僕の青春のページ数は少ないのだけれど、今もなお、彼女のあの微笑みが、瞼にくっきりと焼き付いている。
今日も僕の頭上で一番星が、瞬いている。


1.人生とは

“自分の人生は自分で決める”
そんな言葉は世界中にあふれているけれど
人は1人じゃ生きられない
誰かが居てこそ成り立つもの
それが 人生

「ううっ、さみっ。やっぱ、夜は冷えるなー。」
 11月の下旬。夜の冷え込みが日に日に厳しくなる頃である。そんな中を1人の少年がジャンパー1枚という姿で、夜の道を歩いている。吉川直樹、彼こそが17だった頃の僕だ。
 その日は予備校の帰りだった。人通りも少なく、ひっそりとした住宅街を足早に進んでいく。寒さが身にしみたが、そこは若さというものだろうか、大して辛くはなかった。
いつものことだった。予備校は週に3回あるので、もういい加減馴れてきてしまったのだ。
「ただいまー。」
「おかえり。夕飯が、テーブルのところにおいてあるから、暖めて食べてちょうだい。」
「ん。」
 靴を乱暴に脱ぎ捨てて、食堂へと入っていく。今日のおかずは、酢豚だった。
 僕が電子レンジでおかずを暖めていると、母さんが食堂に入ってきた。お茶を飲みに来たのだ。僕が夕飯を食べている間、かあさんはお茶をすすりつつ今日の授業内容などを聞く。僕らの習慣だった。
 父さんはいない。3年前に過労で倒れ、あっけなく逝ってしまった。それからというもの、僕らは母子家庭として一生懸命頑張ってきた。父さんが死んだ直後の母さんは見ていられなかった。毎日泣き暮らし、仕事もパートしか取れなかった。去年やっと念願の会社の社員になり、「次はお前の番よ」などと言って母さんは妙にはりきっていた。
「近頃どう? 成績の方は。」
「んー。まあまあかな。」 
「まあまあ、じゃ困るでしょう。うちは貧乏なんだから、どうしても国立に入ってもらわなきゃ。」
 ふうぅ 僕は溜息をついた。ここの所、いつも話題はこればかりだ。やになっちまうよ、全く。
「わかってるよ。」
「だったら、遊びほうけてないで勉強しなさいよ。今日だってこんなに遅くて、、、」
「あのね、今日は先生に質問しに行ってたの! 全く、もうちょっと信頼してよね。」
 これだから、困る。母さんと来たら、人を疑うことしか知らないようだ。気が気でしょうがないらしいが、その前にこっちが参ってしまう。僕が遊びに走るとしたら、その原因は母さんのこの小言に違いない。
「、、、、、って、あんた。聞いてるの!?」
「はいはい、聞いてますよー。オレ、勉強するから、部屋戻るね。」
 そう言い残すと、さっさと食堂を出た。ああいう時は、早めに逃げるに限る。つきあってたら、いつまで続くか、分かったもんじゃない。「、、、、、全くあの子は、、、、、」と呟いている母さんの声が、背中から聞こえた。

 それからオレは勉強をしたのだろうか、しなかったのだろうか。朝目覚めると、オレはきちんと自分の布団の中にいた。気怠い感覚が、なかなか消えなかった。仕方なく、そのまま顔を洗いに行った。それから着替えて、朝食をとって、鞄を取って、、、、。
 10分後、あくびをしつつも、僕は通学路を歩いていた。
「あーあ。ねみー。」
 どうも今日は、調子が悪い。学校へ向かう足取りが重いのはいつものことだが。
「こんな時可愛い彼女でもいればなぁなんてね・・・」

2.出会いとは

 僕は彼女を見つけた。
 彼女はこっちを、いや明らかに僕を見ていた。
 たぶんずっと見つめていたのだろう、僕と目が合うとにっこりと微笑んだ。
 15くらいの少女だった。ちょっと儚げで、風景に溶けてゆきそうだった。
「あ・・・・・・」
 声にならない衝動が、僕の体を駆けめぐった。何やってるんだ、という叱咤の声が内側から飛ぶ。しかし、そこには目を離せない何かがあり、僕はしっかりとそれに捕まってしまったのだった。
 既視感(デジャヴュ)? 一目惚れ? そんななまやさしいものじゃない。慟哭のような風が、僕の体で嵐を巻き起こして通り過ぎていった。
「あの・・・・・吉川さん、ですよね?」
 気付くと、彼女は僕の目の前まで来ていた。
「あ・・はい・・・・」
「よかった。人違いじゃなくって」
 彼女はそういうと、光のような微笑みを僕に見せた。