狂える者の剣 第九話の2『美月』



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投稿者: 柏木耕一(旧・日光) @ p08-dn01kuki.saitama.ocn.ne.jp on 97/9/17 20:53:50

「“対魔王”システムは、既に存在していたの。『女』はその存在を隠していた−−最後の切り札としてね。では一体誰がそんなシステムを構築したのか? “魔王”に対抗し得るような、強力なプログラムを組むことができたか。そんなことができる存在は、世界に二人しかいなかった。一人は武藤美樹−−『真の』美樹、そしてもう一人は−−“魔王”ディス・P。
 そう。“対魔王”システムは、“魔王”の手で生み出されたのよ」
 美樹−−どちらの美樹なのか、美月にはわからなかったが−−は、吐き捨てるように言った。
「誰も予想できなかった−−“魔王”の制作者である美樹にすら、予想し得なかった事態。まさか“魔王”が、最強の敵となる“対魔王”を生み出すなんてこと、誰も考えつかなかったのね……まあ、当然の話だけど。
 “魔王”は進化を望んでいた。より強大な、そして複雑なシステムになろうとしていたのよ。そのために一番手っ取り早いのは、競い合うこと−−そのために彼は、“対魔王”を生み出し、互いに攻撃を繰り返した。進化を促進していったのよ……自らの手でね。
 “魔王”は全く同じ理由で、ラス=テェロの回収を妨害しようとした。“対魔王”は、万が一のことを考えて攻撃抑制プログラムを組み込まれていた。でもそれじゃあ進化スピードはまだ遅い−−そう考えた彼は、“対魔王”との全面対決を望んだってわけ。
 でも表立って行動を起こせば、『真の』美樹から妨害を受けてしまう。だから彼は『女』を騙したのよ。<ラス=テェロによって変異した人間は、ラス=テェロを失うと遺伝子の急激な連続変化に耐えられず死亡する。彼らは巨大なデータを管理しきれていないが、時間が経てばラス=テェロ自らが人間に慣れる>って言ってね。ま、お粗末な嘘だけど、それでも『女』はひっかかった。美樹に隠していた−−実際には“魔王”本人が隠していたんだけど−−“対魔王”システム起動のための準備を始めたのよ。“対魔王”は“魔王”と違って受動的なシステムだから、誰かが起動しないと動けなかったの。
 “魔王”は、『ネットブレイカーズ』を騙すためのダミーを美樹に作らせ、全ての計画を発動した。
 美樹がウィルスを流し、魔王のダミーを破壊させる。それをトリガーにして『変革』プログラムを起動し、ラス=テェロを散布し、実験を開始する。実験失敗と同時に、美樹は“魔王”にラス=テェロの回収を命じたけど、“魔王”は『女』を騙して“対魔王”を起動させ、電子世界で戦い−−わざと負けたふりをして、美樹が“対魔王”に気付くよう仕向けた。美樹は急遽“魔王”停止用のウィルス“赤い苔”を使って、“対魔王”を封じようとした。それの直前、“魔王”は『変革』プログラムを“対魔王”に植え付け、“対魔王”を“魔王”に仕立て上げた。一般的に言う“魔王”が、『変革』プログラムの制作者とされているのはこのせいなのよ。動きを封じられた“対魔王”は、ただラス=テェロを生み出し続けるシステムと成り果てて−−“封印の六戦士”によって、『変革』プログラムとして滅ぼされた。
 面白い話よね。ようするにみんな、振り回されていたのよ−−“魔王”にね。まさしく“魔王”の名に相応しいと思わない?」
「あんたは……何で、そんなこと……知ってんのよ!」
 美月は、自分の声が震えるのを抑えることができなかった。
「知ってるわよ。私はその『女』の記憶と外見を持っているんですもの。何もかも手遅れになったとき、ようやく『女』は自分が“魔王”に騙されたことを知った。そして既に姿を消した『真の』美樹に代わって“赤い苔”を“魔王”に植え付け動きを封じると、ある女性のストラクチャー……さっきも言ったけど、その人間の記憶と外見のことよ……を奪って、自らのストラクチャーをその女性に貼り付けた−−女性の名は、師走美月。
 でも……ほんと、おかしな話。その『女』−−武藤美樹の助手、『受け継がされた』美樹……本当の名前は、神谷時子−−は、『真の』美樹がした失敗を繰り返した。師走美月のストラクチャーを奪い、神谷時子のストラクチャーを貼り付けたのに……『本当の』師走美月は、神谷時子の意志を封じてしまったんだから!」
「……わ、わたし……は……」
「あなたの本当の名前は神谷時子−−『受け継がされた』美樹。そして私は−−あなたの外見と記憶を受け継ぎながら、自らの意志を保った−−『師走美月』よ。
 神谷時子……もう一人の武藤美樹さん。“魔王”がまた再起動しようとしている。いいえ、再起動されなければいけないのよ……あれは進化を繰り返し、自ら“赤い苔”を破るわ。手遅れになる前に再起動し、完全にデリートしなければならない。
 そしてそれができるのは、美樹−−あなただけのはず。私にはできない……私のストラクチャーを貴方に返すわ。だから、美樹−−時子、“魔王”をデリートなさい」

               ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「解説は終わりだ。全てが始まる」
 レオンであった獣は、嫌らしい笑みを、猿のような顔面に貼り付けて言った。
「時子は私に言ったよ。ラス=テェロは裏切っていないとな。あれらは実験方法を間違っただけで、ラス=テェロ自体は決して裏切りはしなかったとな。
 そしてあいつは、泣いていたんだそうだ」
「……ヴァンプ、今の話は……」
「本当だ、“千里眼”。“超人”も聞いておけ」
 獣は目を細めて、言葉を紡ぐ。
「これからが、進化した“魔王”との本当の戦いになる」

 続く