再掲載 狂える者の剣 第七話



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投稿者: 柏木耕一(旧・日光) @ p03-dn01kuki.saitama.ocn.ne.jp on 97/8/31 17:55:06

 どうして自分はここにいるのだろう。彼女は何度となくそう思ったことがある。
 自分の住んでいた小さなアパートは、宿主達に壊され、蹂躙された。そのとき彼女は、幼いながらも単身銃をとり、戦ったのだ。屋上まで追い詰められても、諦めたくはなかった。諦めたら死んでしまうのだ。死ぬのだけは嫌だった。
 そこで彼女は、初めて彼に出会ったのだ。
 彼はたった一人で宿主達を撃退し、彼女を助けた。親をなくした彼女は、彼について行くと言い張った。
 彼はそれを止めなかった。だから彼女はそこにいる。
 一緒にいるために、意地を張ったこともある。教育ソフトの力を借りたこともあったし、知識チップを頭に埋め込んだこともあった。
到底力では彼にかなうはずがないのだから、頭脳をカバーしようとしたのだ。
 彼はそれをどうとも言わなかったし、別段推奨も止めもしなかった。いつもそうだった……彼は、彼女に対して無関心だったのだ。
 だったら……。
 だったら何故自分は、そこにいる?

                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

「インフィニット計画……つまりそれは、俺達を無限にする計画だった」
 魔王に縁のあるシステムステーション内部で、良平は淡々と、美月とルリに説明をしていた。
「ラス=テェロに寄生された人間は、皆例外なく宿主と化し、人々を襲った……とあるが、これは嘘だ。現に俺やルリ、他の“封印の戦士”達は体内にラス=テェロを飼っている」
「……嘘!?」
「事実だ。俺達の力は、半分以上ラス=テェロに依存している」
 キーボードの上を、良平の指が軽やかに舞う。ディスプレイには様々な数式が現れ、そして消えていった。
「しかしそれには理由がある。俺達は“免疫”を持っていたんだ。俺達は皆“あいつ”の手で一度、ラス=テェロを圧縮保存したデータを頭に植え付けられている。……ラス=テェロはな、巨大すぎるんだ。普通の人間の頭では許容しきれない。ところが極限まで圧縮されたデータを持つ俺達は、その力を行使することができる。それだけのことだ」
「だったら結局、そのラス=テェロってぇのは何なワケ?」
「プログレス・プログラム……有機体の進化を促進するプログラムだ。それぞれの有機体が普段は使うことのできない、いわゆる潜在能力を自在に扱うことができるようになる……はずだった。そして俺達は、無限になるはずだったんだ」
「その、無限って何のこと?」
「言葉通りだ。不老不死。活性酸素の発生を完全に抑え、またあらゆる病傷害に対し絶対的な治癒力を持たせる。これこそ……彼女の考えたインフィニット計画だ。そしてそれと同時に彼女は、計画が失敗した場合のことを考え、ある対抗策を立てた。
 それが“魔王”計画だ」
 良平が言葉を終えると同時に、ディスプレイに“パスワード認識”の文字が表示された。
「魔王は……全ての精算をつけるためのプログラムだった」
「ラス=テェロが人間に抑えきれないようだった場合を考えて、あらゆるシステム・ネットからラス=テェロをデリートするプログラムが“魔王”ディス・Pだった。だからこそ彼にはディス・プログラマー……〔解除者〕という名が与えられたのだから」
 良平の指がキーボードを叩き続ける。ディスプレイは次第にその表示する文字群を変えていく。
「そして“あいつ”の不安は的中した。ラス=テェロは暴走を引き起こした。そして“あいつ”は“魔王”プログラムを起動した……いや、この言い方は正しくないな。“魔王”プログラムは、ラス=テェロが暴走しようとしまいと、必ず発動するようになっていた。実験が成功すれば、他の人間をわざわざ不老不死にしてやる必要性はない。ラス=テェロを回収する……被験体は多い方がいいという理由だけで、“あいつ”は全世界にラス=テェロをばらまいたのさ。
 実験が失敗すれば、それこそ話にならない被害が出る。それを恐れたからこそ、“あいつ”は“魔王”プログラムを作ったんだからな−−無限増殖型の無差別デリーターを。
 しかし“あいつ”は大きなミスを犯した。誰もが実験を望んでいたわけじゃないってことを見逃していた。だからこそ“あいつ”の“魔王”プログラムは、まともに起動しなかった」
「……ちょっと待ってよ。“魔王”プログラムはきちんと起動したんじゃないの?」
「いいや。デリーターとしてのプロバティを変更され、単なるデータローバーと化した。本当の意味での“魔王”は、“魔王”本体でなく、その動きを封印した−−“対魔王”プログラムだ」
 ディスプレイに光が灯った。ドットが表示され、次第にそれは人間の−−女性の形を為していく。
「……違うか? “魔王の母”武藤美樹」
「ご名答。あなた探偵の素質あるわね」
 ディスプレイの女性は、美しいその顔に、歪んだアルカイック・スマイルを浮かべてそう言った。
「久しぶり、良平、ルリ。封印大戦以来かしら?」
 ディスプレイに映った女性は、美しい顔に典雅な笑顔を湛えてそう言った。良平は無反応だが、ルリは僅かに眉をひそめる。それもまあ、頷けない話ではなかった。彼女の持つ超能力は先天的なものではなく、この女性−−武藤美樹という名らしい−−の手で無理矢理開発されたものだからだ。
「そして、そちらのお嬢さんは初めましてかしら?」
「……通信システムを使ってるの?」
「いいえ、AIよ。カメラアイが私というプログラムに視覚的情報を与え、マイクが音を聴覚敵情法として私に与えててくれるだけ。武藤美樹本人は……まあ、多分死んじゃったんじゃない? 知らないけど」
 呑気に言い放つ美樹。美月はしかし警戒を解かなかった。良平の言葉が真実だったとすれば、この女は間違いなく全人類にとっての敵なのだ。
「いやあねえ、怖い顔しないでよ。美樹も反省してたみたいよ? だから私というプログラムを組み立てたわけだし」
「それで済まされる問題でもないがな」
 良平は冷たく吐き捨てると、美樹に向かって話しかけた。
「魔王の遺産があるという話を聞いた。本当にそんなものがあるのか?」
「魔王の遺産……あーぁ、あれでしょ、対魔王プログラムでデータローバーになった魔王が、さんざっぱら溜め込んだデータ類」
「「どこにある!?」」
 良平と美月の声の二重奏。後ろでルリが密かに呆れていることなど、今の二人には関係ないらしかった。
「……金になるよーなもんだってわかった瞬間、凄い意欲を見せたわねー……でもほとんどは、対魔王プログラム……“ディス・バスター”にぶん捕られちゃってるわよ」
「そいつは今どこにいる!? データの隠し場所は!」
「怖いわよ、あんた……」
 美樹の頬が、AIだというのに、何故かひきつった。
「私は知らないわよ。書き換えられた後の魔王プログラムならあるから、『囓り跡』から割り出せばいいじゃない」
「感謝する」
 良平は拳を一度開き、そして握りなおした。
「“電子の騎士”の力を、見せてやる」