再掲載 狂える者の剣 第五話



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投稿者: 柏木耕一(旧・日光) @ p03-dn01kuki.saitama.ocn.ne.jp on 97/8/31 17:52:26

 秋葉原・地下。旧日比谷線が通っていた線路は、今は廃線になって久しい。
 錆びついた鉄の匂いと、どこからか漏れ出す水の音だけが、その空間唯一の音だった。
「……敵地に侵入するには、地下から−−ま、適当な選択肢ではあるわね」
「裏の裏でもかいて欲しかったか?」
 ぶつぶつと文句を垂れ流している美月に、良平は振り向きすらせずに声をかけると、閉じた天井を見上げた。
 雫がぽたりぽたりと落ちている。もとは複雑どころか簡単明瞭な道だったのだろうが、崩れたり埋もれたりを繰り返している内に、どう考えても迷宮としか思えない構造になったらしい。時折赤やら青やらの光が明滅したりもしていたが、実害がない限り放っておいたほうが賢いだろうと良平は思った。
「こっちです」
 むっつりとしたふうに歩く二人の前を、何故か妙に楽しそうなルリが先導していた。彼女は良平と出会って以来、笑みを絶やしたことはない。少なくとも美月にはそうだと思えた。
(良平、女に興味ないと思ってたら、ロリコンだったなんてオチじゃないでしょーね……)
 わたしは、6歳のときから彼の後をついて歩いてる。もう十二年も、彼の相棒として働いてる。まあ別に好きだったからとかそういうわけじゃないけど、それでも納得いかないわよ……。
 心の中での呟きが聞こえたのか、それとも単なる偶然か(恐らくこちらだろうが)、良平は美月にだけ聞こえるような小声で言った。
「……俺とルリは、同じ施設で育った。言ってしまえば兄妹のようなものだ……おまえが気にしているような仲じゃない」
「誰が!」
 良平は軽く顔をしかめた。踏まれた爪先を見やり、目を細める。
しかし美月はそれを無視すると、すたすたと先に進んでいった。そして自然、ルリと隣り合う。
「あれ? 道、間違えてます?」
 無邪気そのものの声と顔で尋ねるルリ。美月は「ううん」とだけ答えると、彼女の隣に立って歩いていった。
 史上最強のエスパー。伝説の超人。とてもそうは見えない……どこから見ても、単なる子供だ。それが、美月の率直な意見だった。ルリ自身そう思っているフシがあるのか、車の中では「わたし、童顔なんですー」と苦笑していた。
(地下に潜るには、この子の力を借りなきゃいけない……最強のエスパーの力を。でも今のところ、Eデテクターに反応も何もないし……)
 Eデテクター−−超能力反応を察知する機械。これに反応するほどのエスパーの数は少ない。
(自分の超能力反応を隠す−−まさか、そんなこと……)
 できるわけがない。……ただし、超人なら話は別だ。
(結局順々巡りか……)
 美月は深い溜息をついた。

                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 −−おまえが、何故ミスを犯すのだ?

 −−おまえは魔王システム−−ミスなど、犯すはずが……

 ……マスター、私はミスに対応するための能力を身に付ける
 ため、自らミスを引き起こしているのです−−

 −−馬鹿な、システムに意志などあるはずが……

 ……そうか、それが進化か……

 進化に対抗するために、進化を生み出さなければ……

 −−今日からおまえが…………だ−−おまえの力が強ま
 ったとき、あの進化をくい止めろ−−

 我が名は……我が名はディス・P……

                我は魔王なり

              ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 それは、ある意味人であった。たとえどんなに崩れ、腐っていようと、もとが人であることに変わりはない−−だとすればそれは、間違いなく人であった。
 身の丈6mほどの巨人の死体−−まあ、実際巨人がいたとして−−それはそういったものだった。宿主が自然死すると、こんなふうに死体が残ることはない……急速に風化するか、融解するかのどちらかだ。だとすればこれは、宿主ではない、真の巨人であるということになる。
「……遺伝子工学の罪悪ね、これは」
 自らもまた生物学者・物理学者であり医学者である美月は、システムステーションの前に陣取った巨人を見て呟いた。
「ヘルダイバー計画−−最強のソルジャーの開発。その中の一つ……これは−−始祖人(アダム)と呼ばれるタイプのヤツね」
「……なるほどな。しかし何故そんなやつが、こんなところで死んでいる?」
「知らないわよ。だいたい、私の生まれた頃には、ヘルダイバー計画はもうとっくに打ち切られてたんだから」
 言って、巨人の躯を見上げる。
「静かに眠れる場所が、まだあったのよ……戦場じゃなくてね」
 普段の彼女からは(失礼な話だが)想像できないような、優しい声音。巨人の腐りかけた耳には、それすら届かないわけだが。
「ま、何にしろ、死んでいるんなら話は早い。とっとと片づけて中に入るぞ」
「そういうわけにもいかないのが、世の常というやつでね」
「!?」
 声は、どこからか聞こえてきた−−当たり前のことだが、声は主がいなければ発生しない。
(どこだ−−!?)
 良平は検索ソフトを起動し、周囲の情報をディテクトする。
「無駄だよ、“電子の騎士”……君の検索ソフトは生命反応を調べるものだ−−それでは僕は探せない」
「良平様、生命反応、周囲1Kmにわたって、人間のものは私達3人の分しかありませぇん!」
 良平にも、それはわかっている−−しかし、有り得ないのだ、そんなことは。今、謎の人物が三人に語りかけているなどという事態は、起きてはならないのである。
「大丈夫だよ−−僕は資質を調べるに過ぎない。資格の有無を確認するのは“精霊”がやる……魔王システムの守護者、世界の守り手が」
「良平っ! 上!」
 美月が叫ぶのとほとんど同時に、良平は本能的に後ろに跳躍していた。そしてそれの後を追うように、先刻彼がいた場所を、巨大な腕が殴り潰した。
「……はっっ!」
 ルリが投げつけた光の槍は、“そいつ”にぶつかると、小規模な爆発を引き起こした。しかし“そいつ”は堪えた素振りも見せず、ゆっくり、ゆっくりと、その瞳を開ける−−
「……ヘルダイバー……生き残りがいたの……!?」
 美月の絶望的な呟きは、巨人の体に吸い込まれるように消えていった。

                ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 我はディス・P……魔王である……。

 僕は……誰だ? 魔王システム……。

 ミスなど犯すはずがない……あの方は気が違えていたのか?

 違う……僕は操られているんだ! どちらが支配者だ……ど
 ちらが創造者だ!? 僕はただ言われたことを言われたとおりに  やるだけのプログラムのはずだ……

 進化を遂げる……僕の体が、変質していく……

 ラス=テェロ……僕の息吹……魔王の血肉。プログラムされた
 のか……こんなものが!!!!! 人を殺すという、たった一つの目的 にしか使用することのできない、こんなものが……!

 始祖よ……あなたは過ちを犯した。私の進化は、決して……

 消滅させよ・倒せ・追放せよ……そして……

                 世界を守れ