SUN AND MOON―滑走編―



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投稿者: 高山 比呂 @ um1-56.tokyo.infoPepper.or.jp on 97/8/29 01:28:38

In Reply to: 第二回メッセージ文コンクール

posted by 高山 比呂 @ um1-01.tokyo.infoPepper.or.jp on 97/8/28 07:00:11

「あそこのコード進行さ、マイナーよりメジャーのほうがいいと思うぞ」
「やっぱそうか、僕もあそこ変えたほうがいいかなって思ってたんだ」
 道端でギターケースを持った男が二人、地べたに座って語り合っていた。
 その男達の前を一人の女が通り過ぎた。
「あ」
 男の一人が目線をその女に向けた。
 もう一人の男も続いて目をむけた。
「おい、あの娘、無茶苦茶かわいいじゃん。声かけよっと」
 そう言って立ち上がる“もう一人の男”
「僕が最初に目つけたんだぞ」
 そう言って“男の一人”も立ち上がった。
「目つけたから何だって言うんだよ。あれは俺の女だ!!」
「見つけた奴に権利は来るはずだろ」
「先手必勝だよ。おまえは見つけただけで声はかけてないだろ。だとしたら同じ条件じゃねえか」
 口論を続けながら男達は女の後をつけていた。
「たまには僕に女くれてもいいだろ」
「ほかの女ならくれてやるが、あの女は譲れねえな」
 ふいに女が手に持っていたバックから定期入れが落ちた。
「あ」
 今度も“男の一人”が最初に目線をむけた。
 “もう一人の男”も続いて目をむけた。
「よっしゃー、お近づきになる絶好のチャンスだ!!」
 そう言って定期入れを拾おうとする“もう一人の男”
「僕が先だよ」
 “男の一人”も拾おうとした。
「おい、また邪魔する気かよ」
「邪魔してるのはそっちだろ」
「先に拾ったもん勝ちだよ」
 強引に拾いにいく“もう一人の男”
「わかったよ、そんなにあの女がいいなら…」
「俺にくれるのか?」
「違うよ、ジャンケンしよう」
「へ?」
「ジャンケンして勝ったほうがこれを拾って届ける。これでどう?」
「やだよ、そんなの」
「そうか、じゃあ僕の不戦勝であの女はいただくよ」
「なんでそうなるんだよ。…わかったよ、どうせお前が負けるしな」
『じゃんけん』
(ま、こいつのジャンケンの弱さは有名だかんな)
(絶対勝ってやる)
『ポン』
 “男の一人”は“チョキ”を
 “もう一人の男”は“パー”を出した
「よっしゃ〜!!僕が届けるからね」
 そう言って定期入れを持とうとする“男の一人”
「待てよ、三回勝負だろ。これ」
「なにいってるんだよ、そんなこといってないよ」
「俺が“わかった”って言う時に小声で“但し三回勝負な”って言ったもん」
「言ってないよ」
「あ〜、お前ってそんな汚い人間だったんだ。ルールも守れないなんて人間として最低だな」
「も〜、わかったよ三回勝負ね」
『じゃんけん』
(よっしゃ、チャンス到来)
(まあいいや、勝てばいいんだ、勝てば)
『ポン』
 “男の一人”は“チョキ”を
 “もう一人の男”は“グー”を出した
「っしゃあー、じゃあ俺が届けるからな」
「おい、三回勝負だろ」
「え、そんな事言ったっけ?…しょうがないなあ、じゃあ勝負してやるか」
『じゃんけん』
(よし後一回勝てば…)
(まずいな〜並んじゃったよ)
『ポン』
 “男の一人”は“チョキ”を
 “もう一人の男”は“パー”を出した
「よし、僕の勝ちだね。じゃ、定期届けに行くから」
「おい待てよ、三回勝ったほうが行くんだろ」
「え、三回中二回勝ったほうが勝ちじゃないの?」
「誰がそんな事いったよ、三回勝ったほうが勝ちなの」
「…わかったよ」
『じゃんけん』
(ずっとチョキってことはないよな)
(よし、最後まで通してやる)
『ポン』
 “男の一人”は“チョキ”を
 “もう一人の男”は“パー”を出した
「やった〜これで僕の完全勝利だね」
「五回勝負…だったよな」
「何言ってるんだよ、僕はもう届けに行くかんね」
 “男の一人”が定期入れを拾い前を見た時には女の姿はなかった。
「なんだよ〜、三回勝負とか言うから、いなくなっちゃったじゃんかよ〜」
「ジャンケンしようって言ったのお前だろ」
「そりゃそうだけどさ」
「あ〜あもったいねえな、あんないい女めったにいね〜ぞ」
「…そうだ、この定期入れの中に連絡先あるかもしれない」
「お〜そうだそうだ」
 二人で定期入れの中身を取り出してみる。中には時刻表と定期しかなかった。
「なんだよ、これだけかよ」
「でもこれ、名前かいてあるよ」
 定期にはイワサワ マリ(19歳)と書かれていた。
「マリちゃんか〜」
「名前わかっても連絡先わかんねえからどうしようもないよな。…そうだ、この定期払い戻してもらわねえか?」
「なにいってんだよ」
「だってこれ、後5ヶ月分以上残ってるからいい金になるぞ」
「いい金になったってさ…」
「いいんだ。ちょっと貸せ」
 強引に定期を奪い去り、駅に向かって歩いていく“もう一人の男”
「やめようよ〜、警察に届けたほうがいいって」
 あとを追いかける“男の一人”
「警察に届けて何になるんだ?」
「届けとけば、あの女が取りに来て、うちらにお礼してくれるかもしれないだろう」
「それはないな、だって俺が定期なくした時、警察なんかに行かずに新しいの買ったもん。そういや、お前がこないだなくした時もそうしたじゃん」
「まあ、そりゃあそうだけど」
「そうだろ、金入ったらうまいもんおごってやるからよ」
 そうこうしてる間に、二人は駅に着いていた。
「僕はここで待ってるから一人で行って来てね」
「なんでだよ、一緒に行こうぜ」
「僕は犯罪者になりたくないから」
「っだよ、…わかったよ一人で行くよ」
 駅の窓口に向かう“もう一人の男”
 柱の影からその様子をうかがう“男の一人”
「あの〜すいません、この定期払い戻して欲しいんですけど」
「はい。…これ女の方のですよ」
「妹のやつなんです」
「妹のを勝手に売りに来たのですか?」
「いえ、違いますよ。妹が骨折しちゃって当分の間出歩けないから、金に換えてこいって母に頼まれまして」
「はい、わかりました。じゃあ、あなたがお兄さんだという証拠になるような証明書出して下さい」
「え、…今持ってないんです」
「じゃあ、払い戻しはできませんね」
「何でですか?俺の妹のですよ」
「そう言われましても、拾ったものを親族のフリして払い戻しに来るお客さんが多いんですよね」
「じゃあ俺もそのなかの一人だって言いたいんですか?」
「いえ、そうは言っておりません。ただ、そういう方が多いので証明書がないと払い戻しができないことになっているんです」
「でもね、俺は今日は証明書忘れたけど、本当にマリの兄なんです。だから払い戻して下さいよ」
「いえ、きまりですんで」
(しょうがないな〜)
 “男の一人”は柱の影から駅の窓口へ向かった。
「よお、イワサワひさしぶり。何やってんの?」
「妹の定期払い戻そうとしてるんだけど、この駅員さんがなんか俺のことを信用してくれなくてね」
「そりゃひどいなー。…駅員さんこいつは本当にマリの兄貴ですよ」
「いや、そう言われましても、証明書の無いことには…」
「駅員さん、こいつの気持ちにもなってやってくださいよ。自分の妹が入院していて、その定期を払い戻さなきゃいけないんですよ。あなたがもしその立場だったらどう思います?しかも、さらに追い討ちをかけるように犯罪者呼ばわりされているんですよ」
「…わかりました。今回だけですからね…」
「あ、どうもありがとうございます」
 駅員は払い戻しをした。
 二人は駅を出て“女の後”の方向に歩いた。
「しかし、お前うまいな。…よくやってんだろ」
「やってないよ、あれが初めてだよ」
「嘘つくなよー」
「嘘じゃないってば」
「お」
 今度は“もう一人の男”が目をむけた。
 続いて“男の一人”が目線を向けた。
「おい、金も入ったし、この焼肉屋で飯食わねえか?」
 二人の視線は焼肉屋「長時里」の看板に向けられていた。
「いいね、入ろう」
 二人は焼肉屋に入った。
 席を案内され、席につき、水とおしぼり、それとメニューを渡された。
 ウエイトレスが注文を取りに来た。
「う〜ん、特上カルビでももらおうかな?特上だよ特上」
 成り金を彷彿させる態度と口調で注文する“もう一人の男”
「じゃあ僕は、ビビンバと上タン塩」
 小市民を彷彿させる態度と口調で注文する“男の一人”
「なんだよ〜けちくせえな、もっといいもん注文しろよ」
「いいだろ、僕ビビンバが好きなんだ。それにタン塩の“上”を頼んだんだよ。“上”を」
「あ」
 今度は“男の一人”が目線をむけた。
 続いて“もう一人の男”が目をむけた。
「あのウエイトレス、さっきの女じゃねえか?」
 二人は、右斜め前の席で、皿をかたずけているウエイトレスを見ていた
「やっぱりそう思った?」
「おい、すごい偶然だな。声かけるか?」
「でも、うちら、あの娘の定期売っちゃったんだよ」
「そんなの言わなきゃわかんねえだろ。…そうだ」
「何だ?」
「おい、さっき道で拾ったこの定期入れ、誰のなのかな〜?定期が抜かれているから誰のだかわかんないけどどうする?」
 “もう一人の男”は定期入れを上げながら、わざと“右斜め前”に聞こえるほどの大声でそう言った。
 作戦どうりに女が振り向いて、男の持っている定期入れに目線をむけた。
「あの、すいませんけど、その定期入れ見せて頂けます?」
「あ、いいですよ」
 定期入れをまじまじと見る女。
「それねえ、さっき拾ったんですけど定期が入ってなくて誰のかわからないから、これから警察に行こうと思っていたんですよ」
「あ、これ私のだ」
「え、本当に?」
「はい、さっきどっかで落としたらしくて、困ってたんです」
「そうなんですか」
「どうもありがとうございました。なにかお礼させて下さい」
「いやいやお礼なんていいですよ。当たり前のことをしたまでですから」
「そう言われましても、…じゃあ、ここの飲み物一杯ずつおごらして下さい。そのくらいのことならいいですよね」
「いや、いいですよ本当に。…お礼はいいですから、これ見に来てください」
 “もう一人の男”は財布からチケットを取り出して、女に渡した。
「SUN AND MOON?」
 そのチケットには「SUN AND MOON単独ライブ」と書かれていた。
「俺とこいつとあと5人のメンバーの7人組のバンドなんですよ」
「へ〜」
「その中で、俺はサンと言う名前で、メインボーカルとギターをやっているんですよ。あと、バンドの曲全部俺が作ってるんですよ。そんでもって、こいつは如月弥生といってカスタネットを担当してるんですよ」
「あ、そうなんですか」
「嘘ですよ、嘘。僕もメインボーカルとギターやってるんですよ。曲も僕が書いてるんですよ」
「なにいってんだよ、俺が曲書いてグランプリ取ったんだろ」
「それはおととしの話だろ、しかも地区大会でじゃないか。去年は僕の曲で全国大会入賞したんじゃないか」
「あの、私仕事の途中なのでそろそろ失礼していいですか」
「あ、すいません。なんか引き止めちゃったみたいで」
「あの、ライブ来て頂けますよね?」
「はい、是非行かせて頂きます」
『お待ちしてます』

 サン
 如月弥生
 二人の男の翼は、はばたき始めていた…