一挙掲載!狂える者の剣第四話の二



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投稿者: 日光と遼平 @ kuki5DU19.stm.mesh.ad.jp on 97/8/07 13:05:53

「凄ぇな、ルリちゃん! あの化け物を追っ払ったんだって!?」
「相変わらずやるじゃねえか!」
「あんたとなら、凄えS・Bチームを作れるぜ!」
「ルリちゃん、ウチのチームに来ない!?」
「馬鹿、俺達が先だよ、俺達が!」
 凄まじい喧噪だった−−それがたった一人の人物を中心にして
巻き起こっている。人の波をかきわけながら、良平は、昔共に戦った“超人”ゼロウェイが身分を隠しきれていないことを知った。まあ、どうせ無理だろうとは思っていたので、さしたるショックもなかったが。
 しかし史上最強のエスパーという肩書きに、無条件の何かを抱いてしまっていた美月にしてみれば、それはまさしく衝撃的な出来事ではあった。
 阿呆面−−まさしくこれが阿呆面の手本ですよと言わんばかりの阿呆面だった−−をさらす美月の指さした人物は、良平を見ると、ただでさえ大きい瞳をより大きく見開いて−−
「良平様ぁあぁあぁぁ〜〜〜〜〜!!!!!!」
 彼に抱きついてきた。突進の直撃を受けた良平は、為す術もなく店の床に倒れ込む。状況を把握できていない美月は、さらに衝撃を受けたようで−−外見はともかく、とか思ったに違いない−−その場で完全に凍り付いてしまった。それは周囲の客も同じのようで、先程までの喧噪が嘘のようにひいてしまっている。
 良平の首に、それこそ飾り物のようにぶらさがっているのは、見たところ14、5の少女だった。濃紺がかった黒髪を綺麗に肩口で揃え、ヘアバンドが唯一の装飾品であるらしい、地味な格好をしている。しかし、大きな瞳と、うっすらとした薄桃色の唇は、ある特定の趣味の人間からは大人気を博しそうな魅力を放っていた。
 有り体に言ってしまえば、いわゆる美少女というやつだ。そこには史上最強という文字が与える畏怖も、エスパーという賢者めいた単語から連想される聡明さ、孤高さも何もない。はたから見れば、必要以上にのんびりした、穏やかな少女であるように思える。
 しかし、この少女こそが史上最強のエスパー……“超人”であることを、良平はこの場にいる誰よりもよく知っていた。
 “超人”ゼロウェイ。不老不死、その姿は変幻自在。この世界で最も強いエスパーであり、知識と知恵の守護者とまで詠われた人物。『封印の六英雄』の中でも最もメジャー、かつ、S・B(ストリート・ビースト)の羨望を受ける存在。
 その本名を、柄之木ルリという。
「お久しぶりですぅうぅ〜〜〜」
「……そうだな」
 頬をこすりつけてくる“超人”ゼロウェイ……ルリに、良平は全く表情を動かさず、ただ黙って頭を撫でてやった。美月は硬直状態から立ち直れていないらしい……死にかけの金魚のような振る舞いを見せる彼女に、良平はぼそりと「本物だ」とだけ言ってやる。
 まあ、こんなことになるだろうとは、彼は予想していたのだ。
「今日は何の御用ですか? わたし、良平様のためなら何でもします……いいえ、させてください!」
 愛情故の決意というのは、ときとして非常に厄介だが、普通はまあ便利なものだった。扱いやすいし、何よりこちらが何も言わなくとも、既に頼みを聞いてくれることを前提に話が進められる。
「実はな、ルリ」
「はいっ」
「今度、ちょっとした野暮用で、地下に潜らなきゃならなくなった。正直俺と美月の二人だけでは戦力不足だ。手助けをしてくれないか?」
 ……さすがに渋るか……。良平は僅かな危惧を抱いた。
 しかしそれは、まったくの杞憂であった。
「手伝います! 是非一緒に行かせてください!」
 二つ返事とはこのことを言うのか、ルリはともかく良平と一緒にいれるということだけで十分らしかった。地下という危険性を考慮して考えついた返答とは、到底良平にも思えない。
「……助かる」
 良平は、敢えてそれだけしか言わなかった。コートのポケットから一個の換金セルを取り出すと、カウンターの奥で硬直していたマスターらしい中年に投げて渡す。
「……人材借用費だ。10万新円ある……好きに使ってくれ」
 それだけ言い残すと、半無意識状態の美月の襟を掴み、ずるずると引きずって店を出ようとする。ルリは相変わらず彼にしがみついたままだったので(とてつもない握力だが)、良平がわざわざ連れて行こうとする必要はなかった。

 −−一斉にブーイングが起こるほんの数秒前に、良平は、ランドカーを発進させていた。
(……次は、秋葉原の地下だ……)
 ふと、過去の戦いを記憶の表層部に呼び起こす。意味のないことだ−−時間は決して逆戻りしないし、訂正もできない。
(だからこそ俺は、また魔王と関わろうとしているのかも知れないな−−あのとき会えなかった魔王と、俺は会いたがっているのかも知れない−−)
 良平は、軽く頭を振った。そしてそれきり、何の記憶も浮かび上がってはこなくなった。