一挙掲載!狂える者の剣第四話の一



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投稿者: 日光と遼平 @ kuki5DU19.stm.mesh.ad.jp on 97/8/07 13:04:59

 上野−−植物系の宿主が最も大量に発生し、それ故森に閉ざされてしまった街。もっとも、第一次封印大戦の後、それを“東京に残された大自然”とか何とか称して人を集めたのだから、たいしたものと言えばたいしたものだが。
 まあ、そんなことは、彼にとってはどうでもいいことではあった。
 鬱蒼と茂る森の中を、一人の男が走っていた。短髪に中肉中背の、どこにでもいそうな青年だ。息は乱れ、服は汗でべったりと体に張り付いている。途中で脱げてしまったのか、右足には靴がなく、木の根や石でつけただろう傷が何ヶ所も刻まれていた。着ている服も半袖のTシャツにグリーンのショートパンツという至って無防備な格好で、せめてこれが長袖とジーンズか何かだったら、これほど木の枝をいとわしく感じることもなかったろう。もっとも、化け物に襲われて森の中を駆けずりまわる羽目になるとは誰も予測しないだろうから、彼の選択ミスとも言えないのだが。
(助けてくれ……)
 彼は一心にそれだけを念じていた。彼は追われていた−−追跡者は花の化け物だった。本来花芯のあるべき場所に口腔を持つ、食人植物だ。
 一体どれくらいの時間駆けてまわったのか、彼は既にわからなくなってきていた。助かりたいと思う気持ちと、助かるはずがないという絶望感が、彼の心の中でせめぎ合っていた。
 −−突然視界が回転した。木の根で顔面を痛打したとき、彼は自分が転倒したのだということに気付いた。背後に異様な圧迫感と悪臭を感じる−−彼は死の恐怖を通り越し、死の覚悟すら抱いていた。
 −−その瞬間だった。
 突然花の化け物の叫び声が、暗緑色の木々の間に響きわたった。理由はわからない−−歓喜の叫びだろうと彼は思った。
 しかし、それは違った。
 どれほどその場に寝転がっていても、化け物は彼を襲おうとはしなかった。
(……どういうつもりだ?)
 植物系の宿主は、最も生存本能に忠実だ−−捕らえた獲物をなぶりなどしない。ただ、栄養分を吸い取り、肉を食う。それだけが彼らにとっての食事であり、ある意味全てであった。
 だから−−彼がその場で化け物の餌食にならなかったのは、何かしらの理由があってこそのことのはずである。
 理由? 果たしてどんな理由があるだろうと、彼は心の中で独白していた。しかし実際には、疲労からくる眠気に耐えきれず、結局その場で昏睡してしまった。

 森は静謐だった。そして平穏であり、全てが氾濫する場所でもあった。静けさは木々の葉に吸い込まれ、緑色の光を宙に放っている。
 がさりと音がした。
 その音の主は−−

               ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 森の中に建てられた、馬鹿でかい食堂。そこが、神楽から教えられた“超人”の居場所だった。実際に見てみれば、それは巨木を中に抱くような格好で建てられていて、わざわざそのためだけに店を巨大化させたのではないかと邪推したくなる造りになっている。
「……でかいわねぇ〜……」
「そうだな」
 呆然とする美月を後目に、良平は早足で店に向かう。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
 美月はその彼の後を、駆け足で追う。横に並ぶとほとんど同時に、良平が店のドアを開けた。
 そこで彼らを出迎えたのは、まさしく「どっ」という歓声だった。
 何かを中心に、円状の人だかりができている。
「ねえねえ、あれ、超人絡みの騒ぎだよ、きっと!」
 言って美月は、人をかき分けて、中心部に向かった。
(……理想はかくも崩れ易し)
 何となくそんなことを小声で呟いてから、良平は彼女の後を追い、人の群の中へ入っていく。
 ……と、馬鹿みたいに大口を開け、立ち尽くしている美月の背中にぶつかった。
「う、そ、だ……」
 口をぱくぱくさせて、ある人物を指さす美月。
 そこに視線をやった良平は、“超人”の姿を見た。