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日光と遼平 @ kuki5DU19.stm.mesh.ad.jp on 97/8/07 13:03:30
西暦21**年、世界中のネットに自己増殖型のウィルスが流出した。発生地点は東京上空のシステムステーション……“魔王”ディス・Pのシステムステーションだった。幸いウィルスは百年以上も前に発生した、既に対抗手段の開発された代物だったので被害自体は大きくなかったものの、警察はこれを契機に魔王の城への突入を決定する。超S級のハッカーチーム『ネットブレイカー』を擁する代々木警察署が中心となり、事件の二ヶ月後、魔王の城へのハッキングが敢行される。
『ネットブレイカー』は電子世界での激しい戦いの末、ついに“魔王”ディス・Pというプログラムをデリートすることに成功した。
しかしそれこそが、彼の最大の罠だったのである。
ディス・Pは、自らがデリートされることをトリガーにして、あるプログラムをネットに流した−−後に『変革』と名付けられた、悪魔のプログラムを。
『変革』はネットにリンクした全てのコンピューターから起動し、ラス=テェロと呼ばれる存在を召喚した。
ラス=テェロに形はなかった……生命すらも有してはいなかった。それらはむしろ因子だった。ラス=テェロは起動したコンピューターの近くにいた有機体に寄生することで形を獲た。人間にでも、動物にでも、虫にでも、植物にでも、それらは寄生した。
寄生された宿主は、遺伝子情報を組み替えられ、次第に変異していった。
変異した宿主は−−全く理由は不明だが−−人肉を食することを好んだ。カニバリズム(人肉嗜食主義)と言ってしまえばそれだけの話だが、虫や植物に主義主張があるのかというと、これは疑問の残る説だった。
ともかく、寄生を免れた人間達は、宿主達と戦うことを余儀なくされた。今まで戦いなど経験したことのない一般人達が、武器を取り、戦争をしなければならなかったのである。戦略も戦術ない、力と力のぶつかり合い。それは数多くの血を流す原因ともなった。
人間達は宿主と戦うと同時に、隣人が宿主ではないのかという疑心暗鬼とも戦わなければならなかった。人間に擬態する宿主などいくらでも存在したし、人間に寄生する宿主すら存在したのである。
意味のない血が流れ続けた、果てしなく続く戦い。それに終止符を打ったのは、6人の男女だった。
“千里眼”納真神楽、“若葉の森の宝珠”土御門さくら、“戦を推奨する者(バトルプロモーター)”冬埜霧恵、“サイキック・ヴァンパイア”レオン=ジークフリード、“超人”ゼロウェイ、そして“電子の騎士”秋山良平。後に言う『封印の六英雄』である。
彼らは宿主達との攻防を繰り返し、時には死線すらかいくぐり、『変革』が存在する魔王の城へと侵入した。
彼らがそこで何を見、何を行ったのか、それは伝えられていない。しかし『変革』プログラムは停止し、それと同時にラス=テェロの多くは力を失い、宿主もまたその数を減らしていった。
しかしそれでも、全てが滅んだというわけではない。完全に寄生が完了したラス=テェロは、宿主の力でもってこの世界に存在し続け、人間達の生命を脅かし続けたのである。
結局、6人の戦士達は、たった一人を除いてその姿を消した。
唯一残った秋山良平もまた、『変革』の停止を告げたのを最後に、その行方をくらましてしまった……。
これら一連の事件を総合して、『第一次封印大戦』と呼ぶ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……というわけだ。わかったか?」
「うん、何となく、ね。でもさあ、結局魔王は何がしたかったの? そのラス=テェロだっけ、そいつを使って、世界を今みたいなふうにしたかっただけなの?」
「さあな。何せ“魔王”ディス・Pという男が存在したことを証明するものは、“魔王”の名を冠されたプログラムしかなかったし、俺達はそのプログラムすら見ていない……『ネットブレイカー』にデリートされちまったからな。−−それにだ」
と、ここで良平は肩をすくめた。
「金儲けに関係ないから、興味もない」
美月はこの言葉に、さも納得したように頷いた。神楽はくすりと笑って、「相変わらずですね、ナイト」と呟く。
「……で、わざわざ僕のところまで来たのは、さの魔王関係のことでしょう?」
「ああ。魔王が遺産を残していたらしい……その在処が知りたい」
「……わかってます。もう調べてありますよ」
「さすがは“千里眼”だな……で、そいつはどこだ?」
「地下ですよ」
神楽はやや悲観的に言った。
「秋葉原地下……旧日比谷線の秋葉原〜小伝馬町間に、小型のシステムステーションが隠されています。中は厳重にシールドされていて見えませんが、まず間違いなく魔王関連のものです。遺産の隠し場所かどうかはわかりませんが、少なくとも手がかりにはなると思います」
「地下か……」
良平は舌打ちした。できることなら、地下は遠慮したい気分だった。大抵の場合……というかほとんど確実に、地下には昆虫・甲虫系の宿主が数多く生息しているのだ。良平は電子世界では無敵を誇るが、実世界の戦闘ではそれ程の強さを保有していない。ストリート・ビーストの十や二十なら相手にもできるが、地虫の十や二十となると、いささか戦力不足といえた。
良平が瞑想的な表情で考え込んでいると、
「……ゼロウェイが上野の大衆食堂でバイトをしているようです。行ってみたらどうです?」
良平は少し驚いたような顔をした。ゼロウェイの居場所を教えられたことにでも、戦力不足を読まれたことにでもなく、“千里眼”が“千里眼”としての力を積極的に使うことに対して、彼は驚異すら覚えた。彼は尋ねられたことにしか答えない……尋ねられなければ、何も教えてはくれない。そういう男だったからである。
彼は“千里眼”であるが故に、人の心までも見えてしまう。そのことを彼は一番嫌がっていた。自分では抑えられない“千里眼”の力を、彼自身が最も強く憎んでいたのである。
「……すまないな……」
「いいえ、ナイト。僕も退屈していたんです……いい時間つぶしになりました」
笑って言う神楽に、美月は妙にはしゃいだ様子で、
「ねーねー、ゼロウェイってあの“超人”でしょ!? あの史上最強のエスパーの!!」
何故か期待に満ちた声音である。まあ、一般人というのは、えてしてエスパーを無条件に否定するか崇拝するかのどちらかなので、彼女の反応も頷け無くはない。
(……ま、実物がどうであれ、最強のエスパーであることに変わりはないからな)
良平は、実際にゼロウェイと会って話したときの美月の反応が楽しみでならなかった。
「ナイト、魔王の遺産がどのようなものであるにせよ、それを手に入れるには恐らくかなりの代償を必要とするでしょう。もしそれで手に入れたものが換金できない類のものであったなら、あなたはどうするつもりなのですか?」
思い詰めたような色を瞳にたたえ尋ねる神楽に、良平は短く
「後悔するのさ」
と答えた。
「……それって言っちゃ悪いけど当たり前のことだと思うの」
申し訳なさそうに呟く美月。それを見て微笑むと、神楽はそれ以上何も言ってはこなかった。
彼からランドカーを借りると、二人は一路、上野を目指した。
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