「選択」と「不確実性」(ちと長文)



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投稿者: 軍需相シュペーア @ ins22.fukuoka-ap3.dti.ne.jp on 98/1/30 00:07:25

下の三国志の話題を読んで思ったんですが、
私的意見としてはゲームの一番のおもしろさってこれだと思うんですけど。
私は株をやるんですが、株が最高におもしろいのは自分の責任で選択し、その選択を下したら結果は神のみぞ知るというスリル感でしょう。ラスベガスでもギャンブラーは金が目的ではなくスリルを求めているのだと言います。
これはゲームにもあてはまると思う。現実の世界で本当に自分が決断を下せることってどれほどあるでしょう。臆病だったり、人間関係を気にしたり、もろもろのしがらみ、金銭的制約、などなど。
決断を下すプロセスの楽しさを自由に味わえるというのが私がゲームをやる理由の一つです。
そしてどうせゲーム世界なんだから決断の結果がドラスティックにあらわれてくれた方がスリリング。
千年帝国のここで戦略的勝利取らないと負けパターンの分岐に行ってしまう、でも
後2ターンしかない、さあどのユニットから攻撃するか、などというシチュエーションは非常にどきどきします。(私は基本的に中盤以降はセーブしない)
翻って映像表現などが多彩になったのはいいのですが、やるまえから結果の分かっているゲームのなんと多いことか。ぬるい、厳しいということとは別の問題なんですよね。「作業」になったらゲームはおしまいです。ゲームの基本というのをふまえて作って欲しい。

(前ページでサクラを擁護したことと矛盾するように思えるかも知れませんが、あれはストーリーは別としてキャラとの関係において「選択」と「不確実性」の要件は満たしているとおもふ。このゲームはそれがメインだしね)